ごあいさつ

はじめまして。愛犬愛猫写真家の佐藤まいと申します。LOUGH BASE(ラーフベース)のホームページへようこそお越しくださいました。

「ワハハと笑っていられる場所」

ラーフベースを直訳すると、こんな意味になります。

スマイル(笑顔)ではなく、ラーフ(ワハハと笑う)としたのには、ある特別な想いがあるんです。

その想いを知っていただくには、私の幼少の頃のお話まで遡らなければなりません。少し長いお話になりますが、私の歩んだ人生を、一緒に振り返ってもらえると嬉しいです。

感情を忘れた幼少時代

幼少時代の私は、発達ゆっくりさんでコミュニケーションがとても苦手。家庭内では、母からの愛情を感じられずに育ったため、精神的に不安定な子どもでした。

10才になる頃には、母が再婚。兄弟達が産まれ、家族は一見、賑やかになりました。ですが、私だけ、父親が違う異父兄弟。教育という名の虐待が始まりました。

新しい家族の中で孤立してしまい、コミュニケーションの苦手意識は、さらに拍車をかけることに。

「寂しい、不安、辛い」という気持ちを紛らわすための思考停止してしまいます。
感情を出来るだけ押し殺し、自分を表現することも、伝えることも、「コミュニケーション」自体を諦めるようになっていったのでした。

家族からは見放されてしまった中で、その時に助けてくれたのが、当時、庭で飼われていた犬の次郎でした。

どんな自分でも、どんな事しても変わらず私の側に居てくれる次郎。
やがて、自分の居場所が無かった私の唯一の居場所となり、一緒に納屋で暮らした事もありました。

これが、私と犬の、最初の出会いです。

新たな出会い

時は流れ、思春期真っただ中。

誰もが青春を謳歌する輝かしい時期のはずですが、私の場合は、そんなにキラキラしたものではありませんでした。

孤立していた実家を飛び出し、生活のために仕事を見つけ、なんとか生きているという状況でした。

コミュニケーションが苦手な私にとって、職場での人間関係は大きなストレス。トラウマも抱えて精神病院に通いながらなんとか生きている。
毎日が辛くて逃げたくて、生きることから逃げだそうとすることも度々ありました。

お酒を飲んで、酔っ払って寝て・・・ただやり過ごす日々・・・。

「誰か、そばに居て欲しい。」

そんな思いが溢れてどうしようもなくなった時、立ち寄ったペットショップで、あるミニチュアダックスと出会います。

足が悪くて、歯の生え方も他の犬とは違っていたため、売れ残っていたその子。ガラス越しにこちらを見る視線からどうしてもそらすことができず、私はその子を自宅に迎え入れます。

そして、ココと名付けました。

ココ

ココの特等席は、私の膝の上。

ただそこに居てくれるだけで愛らしく、孤独を埋めてくれるココ。
私は、だんだんと、生きている実感を取り戻していきました。

ココとの生活は、今まで感じたことのないくらい、喜怒哀楽を素直に感じられる日々。
ココが居てくれたから、愛するという感情も学んだし、彼(今の旦那さん)と出会うことも出来ました。

幼少の頃から続いた不安定な気持ちもやっと落ち着いてきて、「もう大丈夫」そう思えた時、ココに大きな病が見つかります。

何も出来なかった後悔

最初に通った病院では肺がんだと言われました。でも、その診断になんとなく「違和感」があったんです。何かおかしいなーと思っていたのに、次の行動に移せなかったこと・・・今も心の奥底にある最大の後悔です。

誤診だったのです、、、
肺がんではなく、「肺炎」と分かったときには既に手遅れでした。

病気を前に、人はあまりに無力。
ココと一緒に暮らせる毎日に、急に【期限】を突き付けられ、違和感を放っておいた私自身に、とてつもない大きな後悔が押し寄せました。

ココは、私に寄り添い、私を助けてくれた。
でも、私は、ココを幸せに出来ていたのだろうか?

ココは、きっと私ともっと一緒に居たかったはず。
なんで、仕事で家をあけて寂しい思いをさせたんだろう。
もっと、一緒に遊べばよかった。
もっと、一緒に居ればよかった。

ココは、酔っ払った私の相手はしんどかったはず。
ストレスからお酒に逃げないで、ココと一緒にお出かけすれば良かった

ココは、ドッグフードはあまり好きじゃなかった。
食事について、もっと考えれば良かった

それに、手元に、元気なココとの写真がほとんどない!
もっといろんな場所に出かけ、写真もたくさん撮って、あの時のココの笑顔をちゃんと記録しておけばよかった。

様々な後悔と一緒に涙がとめどなく溢れました。
でも、いくら後悔しても、時は残酷。
病気は進行していき、最期の時を迎えたのです。

ココがくれた縁

ココが旅だって半年間、毎日毎日泣き続けました。
立ち直ったと思って普通に出かけることもありましたが、電車の中でも、ランチ中でも、その悲しみは急に襲ってくるのです。

ココと出会ってからは精神的におだやかな日々を過ごしていたけど、また昔みたいに逆戻り・・・。

でも、ココのおかげで感情を取り戻した私、
実は「昔」と同じようで、全然違っていました。

その悲しみは、私にひとつの大切なものに気付かせてくれました。ずっと変わらないもの、傍にいてくれたのに、なぜか気が付かなったもの。

彼の存在です。

家族から孤立し、犬に助けられ、
そして、その犬が居なくなった時、
また、家族という存在に立ち戻ることに。

結婚。

実家を飛び出したときには予想もしていなかった、「家族」を作ることが出来ました。

私も人並みの幸せを手に入れることができた。
ココが運んでくれた宝物でした。

悲しみの先に

入籍して2年が経った頃。
私が不妊症だということが分かり、主人とは、子どもを諦めようか?という話をしていた時でした。

ひどく落ち込んでいた私に、ある一報が飛び込んできました。
我が家に再び「犬」がやってくるというのです。

それが、「やまと」です。

やまとは、主人の知り合いの元で飼われていた茶色いラブラドール。
事情でその方のお宅で飼うことができなくなり、主人が引き取ってきたのでした。

当時のやまとは、とても手がかかる子。やまとの大変なお世話があって、不妊で悲しんでいる時間は無くなりました。

例えばお散歩の時間。
体重30kgのやまとが大興奮してぐんぐん突き進めば、私は引っ張られて転んでしまう。
引きずられて大けがなんてことがよくありました。

過去に、ココと一緒に暮らしていたやり方では全然うまくいかない状況、生傷が絶えない日々。

「しつけ」をちゃんとしてくれるところに依頼しようか?
「しつけ」のやり方を勉強しようか?

そう思いながら、様々な情報を見るのですが、どうも、しっくりきません。それは、世間一般で言われる「しつけ」という言葉に、犬に対する一方的なコントロールのイメージがあるからでした。

ですが、私がココに教えてもらったのは「感情」です。それは決して、人間からの一方的なコントロールでは生まれないはずなのです。

そうやって、解決策を探しまくる中で、私は、「犬のボディーシグナルの読み方」「犬の行動や習性」「応用行動分析学」などに出会います。

そうだ!まず、犬を知って、犬たちが人間に何を求めているのか知ることができれば、今度は、同じ後悔をすることがきっと無くなる!

そう確信した私は、犬のモチベーショナルトレーニングを学ぶこととなり、この時の学びが、今の私の在り方に繋がっていくことになるのです。

犬と向き合う

そこでは、
・犬の感情
・犬の行動の意味
など、犬を深く理解するための方法や考え方を、徹底的に学びました。

犬に「やらせる」というしつけではなく「対話をする」という、まさに私が心底求めていた内容で、その面白さにどっぷりハマることになります。
学びを深めるうちに、「相手は自分の写し鏡だ」ということが分かるようになってくるのです。

『学び手は全て正しい。』
という言葉があります。

やんちゃなやまと。
言う事を聞いてくれず、暴れん坊のやまと。

そんなやまとと向き合う中で見えてきたのは、「やまとのダメなところ」ではなく、「自分自身の問題点」だったのです。

そんな風にして、やまとと向き合ううちに、実は自分自身と向き合っていくことになり、自分の過去や、自分の親のことも、「理解」出来るようになっていったのでした。

カメラとの出会い

そうして、やまととも少しずつコミュニケーションが出来るようになっていたある日、やまとを連れて、トレーナーの先輩とキャンプに出掛けることになりました。

その先輩が「撮ってみなー」と貸してくれた一眼レフカメラ。初めて一眼レフを持ち、何の気なしに撮ったやまとは、ピントも合わず、ブレブレでした。

ですが、その写真を見て、やまとの表情に心を撃ち抜かれました。
そこには、普段見てるやまとの表情がそのまま写っていたのです!

それどころか、いつも以上にキラキラの瞳でこちらを向いているやまとに、悶絶したのでした。

やまとの何気ない普段の表情をとらえた写真を見た瞬間、
「わたし、カメラやりたい!」と、思わず叫んでいました(笑)

これが、私とカメラとの出会いです。

カメラの壁

ですが、カメラを始めてすぐに、私は、壁にぶち当たります。

カメラの世界ってルールが多いのです。
「あれはダメ!」「これはこう!」

犬を撮る時も同じでした。
構図はこう。
光がここから来るからポーズはこう、、、

『写真の正解』を上手く作れずにモヤモヤ。

初めて撮影したあの日の感動さえ、忘れそうになっていたのでした。

運命を変えたひと言

それは、カメラを始めてしばらく経ったある日のこと。

動物関係の交流会があり、そこへいらっしゃったのが、今では私の心の師匠であるTさんです。

あれダメ、これダメで落ち込んでいた私に、、Tさんは、こう言ってくれました。
「写真に、正解も間違いもない」
「好きに撮りなよ!」

その言葉をもらった瞬間に、ずっとモヤモヤしていた霧が、パッと開けたんです。

そう、、、、思い起こせば、私のカメラとの出会いは、
「犬の何気ない普段の表情」を切り取るということへの感動でした。

私が一番撮りたいものは、毛並みとか、構図とか、綺麗な枠にはまった写真ではなかった!と気が付いたんです。(もちろん、そこがしっかりした写真は、綺麗だと思います!)

「私は、私の撮りたいものを撮ろう。犬とのコミュニケーションを通して、犬のそのときの感情を感じて、そのまま切り取ればいいんだ!」

Tさんは私に、こんな単純で、でもとても大切なものに気付かせてくださったのでした。

私にしか撮れないもの

それから、私は、形式的なものに囚われることなく、犬の感情や表情をとらえることに夢中になります。

とある犬の撮影イベントの時のことです。
私は、犬の撮影イベントで撮影の研修に入りました。

犬種はロットワイラーという、体重が50㎏前後ある大型犬です。

とても狭い場所だったのですが、動きや表情を撮りたい一心で、狭くて機材が置いてある中、ボールを使って撮影しました。

(今考えるとゾッとしますが(汗))

何年もプロとして働いているカメラマンの方がメインで撮っていて、私はちょっとしたお手伝い。

ですが、なんと、それらの「全データ」購入の中から、飼い主さんが「プリントして額に入れたい!」と選んでくださったのが、「私が撮影した写真」だったのです。

撮影した写真は、犬のドアップ、鼻にピントがあっている(普通は目に合わせる)、そしてその鼻には鼻水がキラリ(笑)

綺麗な写真だけを撮影するカメラマンであれば、きっと撮らないであろう写真でした。

ほかの綺麗で素敵な写真を差し置いて、その写真を、飼い主さんが『額に入れたい!』と言ってくださったのが。。。本当に信じられなくて。

何年もプロとしてカメラの道で生きてきた、そのカメラマンさんに
「悔しいな~~(笑)」と言ってもらえたのは、とても良い思い出です。

その時、私は改めて実感したのです。

「犬の感情を撮影する」
「撮影に正解なんてない」

私の撮影が好きだと言ってくださる方に、私にしか撮れない写真を届けようと誓った瞬間でした。

撮影と仕事の間

ですが、実際、お仕事として犬の撮影現場に携わっていると、心苦しい時もありました。

犬が怖がっているけど、時間の関係で撮影を進めなければならなかったり、犬が嫌がる事をせざるを得ない事、無理をしなければならない状況が、どうしてもあるのです。

その状況が、私はどうしても苦しくて・・・。

飼い主様から、求められている以上、限られた時間の中で「お仕事」として、しなければならないということも理解できます。
もちろん、飼い主様にも満足して頂きたい。。。

そんな葛藤を感じていました。

趣味じゃないんだから。
お仕事の撮影のためだから、仕方ない?!

いや、違う!
この状況は、私がなんとかしなきゃいけない!

私は決意します。

犬の感情を写すだけじゃダメだ。

「お仕事」という撮影現場であっても、犬が気持ちよく撮影できるような環境を、私が整えよう!
私には、今まで学んで来た、『犬と気持ちを通わす』、『対話をする』力があるんだから!

やまとと出会ったときに学んだ「モチベーショナルトレーニング」の成果を発揮するときが来たのです。

今、どんな気持ちでいるのかな?
今、何がしたいのかな?

犬の考えている事が分かって、こうして欲しい事が伝えられる。

犬もこの人は僕を私を分かってくれる人なんだ!
と、少しでも信頼をして貰えるように。

犬によっても性格は違うので、そのときの感情を、目や動作から読み取り、一緒撮影を楽しむことにしたのです。

犬にとっては不安な状況でも、少しでも安心してストレスを出来る限り減らして、リフレッシュしながら撮影が出来るように、犬達との対話の中で日々鍛錬しています。

そういった学びを深め、犬達の感情を感じられて、犬とのコミュニケーションを通じて実践していくと、仕事としての撮影現場でも、犬たちの悲しそうな顔を見ることは、ちょっとずつ減っていきました。

目指す世界

「犬と人間」はパートナーで『相棒』です。

だから、犬と一緒にいるその表情、飼い主さんを眺めるまなざしを写すことは、私の生き甲斐です。
ただ、それによって、犬が辛い想いをするのは、本末転倒だと思います。

人は、誰もが一人では生きられません。
ワハハとついつい出てしまう声、この声は、お互いにリラックスした状態でコミュニケーションしてこそ、自然に発せられるものです。

私はその瞬間「写真」という形にし、忘れずに大切に慈しみ、未来に向かって歩んで欲しい、そう願っています。

写真を見れば、あの日の笑い声が聞こえてきて、未来への希望を抱ける場所。

ラーフベースがあなたにとって、そんな場所でありたいと願っています。

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